「写楽堂へどうぞ。」
著者:佐藤写楽

第二夜「女子高生と黒猫の夜想曲」

 カラスの鳴き声が遠くに聞こえる夕暮れ時。赤く染まる校舎と教室。部活終わりのグラウンドでは、自主練なのか遊んでいるのか、ユラユラと長い人影が動く。そんな風景を、私はそうじ用具入れの小さなスキマから眺めていた。


 私の名前は安堂アイリ。巷でウワサの美しすぎる女子高生だ。一年ほど前に親の仕事の都合でこの町に引っ越して来て、今の学校へ編入した。子供の頃から転校が多かった私は、転校生に対する奇異の目や地元の雰囲気に馴染めない疎外感には慣れている方だ。しかし、この学校では様子が違った。


 転校後数日で、私の人並み外れた美貌や魑魅魍魎すら恋に落とす愛らしい仕草が、町中の男を魅了してしまったのだ。こうなることが分かっていたから女子校を選んだのだが、嫉妬心からか即日全校生徒を敵に回してしまった。そこからはじまる「犯罪行為」とも呼べる壮絶なイヤガラセ。今日も私は放課後、そうじ用具入れに閉じ込められ、ガムテープで密封された。この小さなスキマが生命線だ。


「セイッ!セイッ!ソイヤッ!セイィィ~」


 もう何時間経っただろうか?自分の状況に絶望し、ひとしきり泣いた後、私は扉に向かって無心で掌底を打ちつづけている。何とか少しテープが緩んできたようだ。きっと、あと少しで出られる。


 薄いスチール製の扉が歪み、あらわになったガムテープを一枚づつ引き千切り、私は何とか外へ出ることができた。あたりを見渡すと、教室から星空が見えるほど真っ暗になっている。とにかく家に帰ろう。赤く腫れた手のひらを押さえながら、私は学校を出た。


 「家に帰る」その言葉は、多くの幸せな人たちにとって「安らぎ」と「温もり」を感じるものかも知れない。だが、私にとってはただ寝床に戻ることと同義だ。父は忙しく、仕事が立て込めばほとんど家に帰ってこない。仕事の内容を一切話さない父に母は呆れ、世界中を遊び歩いている。こんな機能不全な家庭では、何の安心も悩みを相談できる相手も望めない。人生とは、一人で戦う孤独な戦場だ。誰も守ってくれはしない。それが私の常識だ。


 家に帰ったところで、何も状況は変わらない。今日と同じようなツライ明日を迎えるだけだ。そう思うと足が重く、普段は通らないような遠回りの道を選んで歩いていた。その道の途中、オレンジ色の明かりがこもる雑貨屋さんを見つけた。「こんな時間まで営業しているなんて」と少し不思議に思ったが、このまま家に帰るのは嫌だった。私は、何の気なしにそのお店のドアを開く。


 カランコロン


「あ、いらっしゃい。えっと、写楽堂へどうぞ?だったっけ?」


 壁も見えないほどに陳列された、古めかしい雑貨の数々。外から見るよりも高く感じる天井から床に至るまで、埋め尽くされるように並べられた商品。その中に、小さな小学生くらいの可愛らしい女の子がたたずんでいる。猫耳のようなアップリケの付いたニット帽に、緩めのパーカー。その下に、ジーンズのショートパンツをはいているようだ。


「こんばんは。アナタ、このお店の子?」

「うん。今夜はボク、店番頼まれちゃって。ご主人は買い出しに行っててもうすぐ戻ると思うから、少し待ってて」


 ボクッ!その言葉で、私の全身を電気が駆け巡る。一見普通のショートカットの女の子かと思ったが、これはボクっ娘?それとも男の娘?(*☆Д☆*)キタコレ!押しちゃイケないスイッチが入っちゃった私は、テンションアゲアゲ↑↑で、その子に話しかける。


「そっかぁ~ん、おウチのお店手伝ってるなんて偉いねぇ~ん」


 カランコロン


「のくタンただいまぁ~。やっぱあの店にあったよ、エヴァ特集号のデラべっ

「ご主人、お客さん来てるよ」

「これはお嬢さん、写楽堂へようこそ。いらっしゃいませ」ササッ


 気の抜けた顔で店に入ってきたあやしい男が、テカテカ光る雑誌を背中に隠しながら話しかけてきた。このオッサン、キモい。事案?これは事案?とにかく通報しようと私はスマホを


「チョイ!チョイマ!チョイマでございますお嬢さん!」

「キャッ!何するんですかチカン!変態!」


 男は急に、スマホを持った私の左腕を掴んできた。床に落ちる雑誌。その拍子に開いたページには、ひわいな格好をした女の人が掲載されている。間違いない。完全に事案だ。まだ痛みが残る手のひらで、腕が折れることも覚悟した渾身の掌底を男のコカンに打ちつける。


「セイッ!」ズドン

「ぐふっ……」


 男は壁際の品物の中へ吹っ飛んでいった。散乱する商品。私は男が怯んでいるスキに、カウンターそばのボクっ娘の近くに駆け寄る。この子を守らねば。そして、生き抜かねば。私の中の女としての母性本能と、どこからか沸き上がるJKの闘争本能がそう叫ぶ。男はコカンを押さえながら、無言で床に転がっている。酷く苦しんでいるようだ。トドメを刺すなら今!


「あははっ、大丈夫ですかご主人?」

「…………」


 男の喉元を狙う私の横をすり抜けて、ボクっ娘が男の方へ歩いて行く。ん?ご主人?っていうことは、この男はお店の人?店長さん?これは私、やっちまった系?


「あの……アナタってここの人なんですか?」

「サイショ……カラ……」


 男は寝転がったまま、か細い声を上げる。そう言えば、最初からこの子が「ご主人」って呼んでいた気もする。やっちまったなコレ。とりま、謝ろう。


「ゴメンなさい!気持ち悪かったんで、てっきり気持ち悪い変質者かと思って。ちょっと強めに叩いちゃったかも」

「ダイジョブ……デス……」


 このお店の店長らしいその男は、ボクっ娘の肩を借りてゆっくりと立ち上がる。大きなシルクハットに、黒いロングコート。どう見ても怪しい。私が間違っちゃったのも無理からぬことと言える。カウンターの隣に置かれた椅子に座って一息つくと、男はやっとまともに話はじめた。


「お嬢さん、アナタちょっと思い込みが激しい性格みたいですね。あと、アグレッシブすぎ。どこかの戦闘民族ご出身ですか?エリートですか?ワタクシ、こんな直接的な攻撃食らったの初めてなんですけど……」

「あ、はい!お嬢様学校なんで、エリートって言えばエリートです!」

「いや、そういうことじゃなくてね……」

「え?」

「いや、もう結構。コレあげますから、もう帰って下さい」


 男は私にポケットから取り出した、一枚のカードを手渡してきた。トランプかタロットカードのような古ぼけたそのカードには、魔法陣のような絵柄が描かれている。


「コレ、何ですか?」

「はい、えーそれは願いを叶える魔法がかかったカードです。寝る時に枕の下に置いて下さい。一度だけ魔法の効果を発揮致します。お金は結構。お代はご使用になる時に頂きます。どんな効果が得られるかはストーリー上、申し上げられません。はい、以上。さようなら」


 男は口早にそう言うと、私の肩を押して店の外に追い出した。せっかくのお客様に対して、何て失礼な店主だろう。プンすかプンプン!あの子も心配だ。そもそも、こんな時間に子供を働かせるなんて労働基準法違反なんじゃないだろうか?労基署(労働基準監督署)は何をやってるんだ?世のサラリーマンの皆様のためにも、こういうブラックな経営者はミンチになるまですり潰して欲しいものだ。そもそも昨今のブラック企業しかり、サービス残業や世界水準で最低クラスの有給消化率にはじまり……(以下略)


※作者注:労基署は、ブラック経営者をすり潰す機関ではありません。


 そんなことを考えながら、私は帰路についた。今夜もやはり誰も帰っていない。一人寂しく夕食をとり、艶めかしく熱いシャワーを浴びた。アニメかマンガ化された時のためのサービスカットだ。そしてゆっくりと、ウシさんの着ぐるみパジャマに着替える。世の男子の、萌えに悶える姿が目に浮かぶ。ウフフフフ。そうしてスマホのゲームで遊んでいると、やっと眠気が襲ってきた。午前0時。明日も学校だ。そろそろ寝ようとベッドに入る時に、あのカードのことを思い出す。


「魔法のカードかぁ。願いが叶うなら試してみよっかな」


 本当に信じている訳ではないのだが、こういうオカルトチックなお話はJKハートをキュンキュンとトキメかせる。お試し感覚で、枕の下にカードを置いた。願いか。どんなお願いがいいだろう?ステキな男の子との出会い?現ナマ?学校の生徒全員ジェノサイド?いや、血なまぐさいのは私の趣味じゃない。そうだ、私がもっと強くなればいいんだ。強くなりたい。どんなイジメやイヤガラセにも負けないほどに……


 ピピッ……ピピピッ……ピピッ


「ん゛あ゛あ゛う゛~……」


 朝だ。目覚まし時計を止めて、ガラガラ声を上げながらスマホのスイッチを入れる。4月10日の朝7時。あまりよく眠れた気がしない。今日も学校で受けるであろう度を越したイヤガラセを思うと、体が重い。地殻変動で、地球の重力が増したのかとすら感じる。


 とりあえず、ゆっくりと体を起こしてシャワーを浴びた。二度目のサービスカットだ。男子は知らないだろうが、女の子というものは寝汗のニオイを気にして、朝は必ずシャワーを浴びる。いわゆる「朝シャン」というヤツだ。


 朝はそうゆっくりもできないので、シャワーを浴びている間にトースターで焼き上げたアツアツの食パンを咥えたまま、玄関から猛ダッシュで学校へ向かう。


「キャッ!」


 曲がり角に差しかかったところで、制服を着忘れていることに気づく。しまった、全裸だ。これで、アニメの視聴率はうなぎ登りだ。アニメ化の依頼が殺到するに違いない。しめしめ。とりあえず、家に引き返し制服を着て学校に向かう。汗だくで走ったおかげで、ギリギリなんとか遅刻しないで済みそうだ。


 登校が少し遅くなってしまったため、昇降口にはほとんど人がいない。とにかく急ごう。下駄箱を開いて上履きに履き替える。


「ツッ……」


 足の裏にニブい痛みを感じて中を見る。画鋲だ。上履きの中に底が見えないほどの画鋲が貼りつけてある。細かい仕事だ。ここまでキレイに画鋲を並べるのだから、匠と言っていい。でも大丈夫。こんなことは日常茶飯事だ。登校したらまず、上履きの中の画鋲を削ぎ落とす。それが近頃の日課だ。


 思いの外強力な接着剤が使われていて画鋲を取るのに時間がかかってしまい、始業時間のベルが鳴る。今日もまた遅刻だ。「裸足で行けばいい」などと思う人がいるかも知れないが、ここは日本有数のお嬢様学校であり、私にもセレブとしてのプライドがある。そんな無様な真似はできない。


 何とか画鋲をはがし終わり、教室へ向かう。私の学年は全6組。その最後の6組が私の教室だ。上履きの件は恐らく1組の仕業だろう。あそこは職人肌でやることが小さくて細かい。そうして、教室に向かって廊下を歩いていた。


「痛っ!」ドサッ


 2組の前で、何かロープのようなものに引っかかり転んでしまった。よく見るとロープには無数の画鋲が刺さっている。さながら有刺鉄線のようだ。窓枠から伸びるそのロープは、下の引き戸から2組に伸びている。2組のイヤガラセはいつもこういったブービートラップ系だ。私は立ち上がり何事もなかったように廊下を進む。


「あっ!」ツルッドサッ


 3組の前の廊下で転んでしまった。床にはローションが塗られ、大量の画鋲が散乱している。一つのトラップを越えて、油断したところに新たなトラップを仕込む。3組の謀略はなかなか秀逸だ。成績が良いのもうなづける。ローションでデロデロになったスカートを気にしつつ、私はまた立ち上がり教室を目指す。ツルツルとスベるローションに足を取られながらも、何とか4組の前まで到着した。


「がびょ~ん」

「ブフッ!」


 4組の担任がギャグをかましている。ツボった。面白い先生だ。そんないい先生がいるからか、4組の生徒はそれほど攻撃的に私を狙ってこない。せいぜい無視をされる程度で済んでいる。


 そして5組。ここは危険だ。ボス的なポジションの、いつも腕まくりをしている系の女生徒の彼氏が、私に恋をしたせいで彼女と別れてしまったらしい。殺意すら感じるイヤガラセを仕掛けてくる、反アイリ主義の過激派急先鋒だ。今日はどんな仕打ちを受けるのだろうか?


シュッ「キャッ!」


 5組の後ろの引き戸が少し開いて、画鋲の張りついた吹き矢が飛んできた。完全に目を狙っている。何てコントロールだろう。ローションで足元がおぼつかないことが功を奏して、今回は何とか避けることができた。5組め……最早高校生のイヤガラセとかいう次元じゃない。今後も警戒が必要だ。


 そしてやっと自分のクラスに到着する。後ろのドアからそっと中に入るが、教師も生徒も全員こちらを見ることはない。ウチの生徒の親たちは、日本を動かすほどの政治家や官僚、大企業の経営者たちだ。だから、教師は生徒のやることに何も言えない。私へのイヤガラセに対して他の生徒に説教をしようものなら、その先生は東京湾に沈むことになるだろう。


 とりあえず私は、無言で席につく。


「ンッ……」


 お尻がジワリと痛む。また画鋲だ。イスにしっかりと接着されている。女子高生のお尻を狙うなんて、肉体的なダメージよりも精神的にくる。ウチのクラスは精神攻撃系のトラップを得意としている。私のもっとも苦手なタイプだ。イスはどうしようもないので、とりあえず一限目は空気椅子で乗り切ろうと決めた。気合だ。


 教科書を取り出そうと引き出しを開けると、無数の割られた生卵で、すべてがヌルッヌルになっている。しょうがないので、バッグからノートを取り出して黒板を写し一日を終えた。


 私はこんな毎日を一年近くも過ごしている。元々はかなりメンタルが強く、ポジティブな性格なのだけれど、尋常ではないほどエスカレートしていく周囲からのイヤガラセに、さすがに疲れてしまった。授業の後、逃げるように屋上へ出て一人夕暮れの空を眺めていた。


 いつの間に入ったのか、ポケットから画鋲が一つ出てきた。これは、私へのイジメの象徴だ。もう、本当に疲れた。


「どこかへ飛んでいきたいな。ここから飛び降りたら、幸せになれるかな」


 そんなことを思ってフェンスの向こうに立ってみる。突然、クラクラと目眩がした。あ、ダメ、落ちちゃう……



 ピピッ……ピピピッ……ピピッ


「ん゛あ゛ぁ゛い゛~……」


 朝だ。あれ?私は屋上にいたはずだ。しかし、自分の部屋で目を覚ます。スマホを点けると「4月10日の朝7時」と表示されている。今のは夢?それともループ?死んだらループしちゃう系?そんなベタな。


 もしかしたら、これがあのカードの効果なのかも知れない。でも、ループしたって何も変わらない。苦しい毎日を繰り返すだけだ。それに、私の生活は元からループしているようなものだ。魔法のカードも意味がない。ガッカリした私は、いつものように準備をして学校へ向かう。


 すべてが昨日体験したものと同じ一日。分かっていても、すべて引っかかってしまう。もう抵抗する気力もない。一年も同じようなイヤガラセを受けつづけているのだから、今更一日程度ループしたところで何も変わらない。「願いを叶える」なんて言っていたクセに、本当にあの店主は信用ならない。


 また屋上へ来た。魔法のカードでも何も変わらなかった。私の絶望をより濃くしただけに過ぎない。もう、本気で死にたい。


「神様、私をお迎えに来てください」


 今日こそはと思い、フェンスの向こうから飛び降り……



 ピピッ……ピピピッ……ピピッ


「ん゛あ゛お゛ぅ゛……」


 朝だ。あれ?無限ループ系?スマホを確認するとやはり「4月10日の朝7時」だ。また、同じ一日がはじまる――



 ピピッ……ピピピッ……ピピッ


「セイッ!」ガシャン


 目覚まし時計を叩き壊す。今日も「4月10日の朝7時」だ。7時間も寝たというのに、10分も寝た気がしない。ループがはじまってから、四十数回くらい同じ一日を過ごしただろうか。まったく変化がなさ過ぎてスッカリ慣れてしまった。慣れって怖い。


 重いからだを動かして早速準備に取りかかる。どうせ走るから、シャワーは浴びない。サービスカットを期待した男子のみんな、ゴメンね!十数回目のあたりだったろうか、代わり映えのしない同じトラップにだんだんムカついてきて、少しづつ対策をはじめたのだ。今日こそは完璧だ。


 昇降口。画鋲入りの上履きを無視して、持参した前の学校の上履きをはく。1組のイタズラは精密だが、小さすぎて簡単に回避できる。所詮人間が小さいのだ。


 2組の前。窓枠にかかったロープの結び目をほどき、引っぱられる前のロープを踏みつける。引きが強くなった瞬間に足を離す。壁の向こうで盛大にズッコケる音と、悲鳴が聞こえた。ウフフフフ。


 3組の前。床にまかれたローションと画鋲。その上を悠々と歩く。ガレージに置いてあった父のスタッドレスタイヤを切り取って、上履きの下に貼り付けてあるのだ。北海道のタクシードライバーが信頼する氷上性能をナメるな。この程度のローションでスベるようなヤワなタイヤを、あの会社は作らない。


「がびょ~ん」


 4組を完全スルーで通り過ぎる。


 5組、ここの対応策が一番悩んだ。


スパンッ「ぶふっ!」


 相手の吹き矢の穴にめがけて、納豆を指弾で飛ばした。自爆した生徒は鼻水を流しながらムセている。ザマーミロ。何度も失敗を繰り返したが、今日こそは成功だ。


 そして自分のクラスに到着する。イスには画鋲。だが、問題ない。鈍い金属音とともにすべての画鋲が折れる。そう、父のコレクションの甲冑からパンツの部分を取り出して、身につけてきたのだ。この鋼鉄の貞操帯なら、画鋲どころか銃弾すら弾くだろう。


 そして引き出しを引っぱりだすと、家から持参した塩をまいた。塩は生卵のタンパク質を固める効果があるので、10分もすれば硬くなって掃除が出来る。ネットで調べたどこかの家の裏ワザだ。


 その他、四方八方から襲いかかるありとあらゆるイヤガラセを、すべて淡々と撃退した。まさに完全勝利。何だか清々しい気分だ。こんな気持ちは久しぶりな気がする。


 いつものように屋上へ登る。夕日に染まった町並みが見える。とてもキレイだ。今はもう死にたいとか、逃げたい気持ちはない。明日も戦おう。自分の運命と環境に、負けないように。そう、沈む夕日に誓いを立てた。



「セイッ!」ガシャン


 もう慣れたものだ。今日はよく眠れた気がするからか、体は不思議と重くない。そしていつものようにスマホを点けた。そこにはいつも通り「4月11日の朝7時」と表示され……あれ?11日?一日たってる。どういうこと?昨日過ごした一日が、ループ最後の日?「目的達成でループ脱出」みたいなイベントは起こらなかったが、なぜか呆気なく奇妙な「4月10日」は終わってしまった。そして、不思議なループから開放された私は、いつもの日常に戻る。


 戦うことを決めた私に恐れをなしたのか、イヤガラセの質も量も徐々に減っていった。ほんの少しだが、平和な学園生活が戻ってきたようだ。しかし、全員が敵じゃなくなった訳じゃない。ゆっくりと、少しづつでいい。味方を見つけよう。「一人で戦う」なんていうのは、いつか限界がくるものだ。ループを体験しなければ、一人で悩みを抱え込んで本当に死んでいたかも知れない。そんなことを、今回のことで痛感した。


 これからは、素直に人を頼ろう。親にも連絡してみよう。そして、いつか私を守ってくれるような、素敵な人がきっとあらわれる。それを信じて……



~・~・~・~・~・~・~・~・



 イタタタタ……のくタン、そこじゃない。もうちょっと右の方。そう、そこそこ。アイタタ……あ!皆様どうもこんばんは。「コカンへの打撃でもノーダメージ」でお馴染み「写楽堂」の店主でございます。


 いやあ!今回もいいお話でしたね!生き死にの世界に住むワタクシには今ひとつ理解しがたいことですが、人間同士の「イジメ」というものは当人にとって非常に大きな問題のようです。


 「強くなれ!」などと簡単におっしゃる愚かな大人の方がいるようですが、弱き者はみなそう簡単に強くはなれません。「強さ」とは、生まれ持ったものに経験と努力が積み重なって出来上がるものです。そして、どれほどの努力をしたとてアリ一匹では、ゾウには勝てません。世の中とは、そういうものでございます。


 ワタクシのような者は、自然界の生存競争にならって弱き者は逃げ、隠れればよいと思うのですが、人間の子供は自力で逃げる力がないようです。しかし、子供なりに世間体を気にする心やプライドを持っていますから、まったく知らない誰かに頼るというのも難しいご様子。


 自分で逃げる力がある大人はともかく、子供たちには親や教師など身近な人間が手助けをする必要がありそうです。「イジメ」というのは、人間の持つ本能の一つです。ですから、無くなるということはないでしょう。「ウチの学校にイジメはありません」なんて教師をテレビで見ますが、それこそが大きな嘘です。聖職者が笑わせますね。「イジメ」は、そう呼ばれるレベルにならないものを含めて、ありとあらゆる場所に必ず存在するものです。


 無くそうと思ってはいけません。存在を認め、それをコントロールし、弱き者をその環境から逃す・守ることこそが最良の手段でございます。もちろん、本人が「イジメ」と向き合い戦えるのならば、それが一番でしょう。


 おっと、少しマジメに語り過ぎましたかな?まあ、今回のお嬢さんは元からかなりの豪傑だったようで、自力で困難を乗り越えました。ワタクシのお渡しした「道具」は、それを手助けしたに過ぎません。


 以前もお話した通り、当店の道具は「何かと引き換えに、何かを失う」というもの。つまり、二つの何かを失います。少なくとも彼女は、胸に抱えていた「絶望」を失いました。もう一つは何だったのでしょう?それについては例のごとく、皆様のご想像にお任せ致します。


 さて、それではこれにて今宵はお暇致します。


 「夜想曲」でもお聞きになって、皆様も良い夢を。



~・~・~・~・~・~・~・~・



 ……あの雑貨屋さんは、結局何のお店だったんだろう?魔法の道具屋さん?そんなことが気になって、数日後の学校帰りに同じ道を歩いてみた。お店があった場所を見つけたが、明かりは点いていない。今日はお休みなのかな?そう思ったが好奇心がおさえられず、あの日と同じドアを開いた。


 カランコロン


「写楽堂へようこそ。いらっしゃいま……あぁ!」

「こんばんは。この間はどうも。あれ?お店の電気点いてますね。外から見たら真っ暗だったのに」

「お嬢さん、どうやって当店へ?お客様が当店に入れるのは一度きり。そういうルールになっております」

「え?普通にドアを開けただけですけど?」

「それは!チョイ!」


 店主が急に私の腕を掴んできた。またか。完全にセクシャル・ハラスメントだ。このオッサン懲りてないな。少し手加減をしつつも最近極めつつある掌底を、コカン目がけてお見舞いする。


「こ……これは当店の非売品“常世の腕輪”」

「セイッ!」ズドン

「ぐふっ……」


 店主がコカンを押さえてうずくまる。腕輪?ああ、このブレスレットか。


「ああ、コレですか?何かこないだお店から帰ったら、バッグに入ってて。カワイイから着けてるんです」

「コナイダ……フットンダトキ……」

「ああ!そうですね!その時に入っちゃったのかも。コレ、もらっていいですか?」

「ダメ……ソレハダメ……」

「ありがとうございます!今日は、のくタン?あの子いないんですね。じゃあ、また来ます。バイバイ」


 ふと振り返ると、カウンターに座っている黒猫がしっぽを振っている。ぬいぐるみかと思ってた!超カワイイ!もふもふしたい気持ちを抑えて、私はそのお店を後にした。魔法の雑貨屋さんか。


 ウフフフフ。また遊びにくるのが、今から楽しみだ。

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